緑内障治療は、もっと「頑張らなくてよい」ものにできるか
緑内障の治療というと、「毎日、忘れずに目薬をさしてください」というイメージを持つ方が多いと思います。もちろん点眼薬は今でも大切な治療の柱です。
しかし緑内障は、多くの場合、何年、何十年と付き合っていく病気です。
毎日決められた時間に点眼し、複数の薬を使い分け、なくなる前に受診する。
これを長く続けることは決して簡単ではありません。
そこで当院では、「患者さんが毎日頑張り続けることだけに依存しない緑内障治療」を、できるだけ早い段階から考えることを大切にしています。
当院ではこれまで選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)を600件以上、iStentを100例以上行ってきました。
今後は新たにHydrus(ハイドラス)というMIGS(低侵襲緑内障手術)も導入します。
これらに共通するのは、単に新しい治療ということではありません。
眼がもともと持っている房水の主な流出経路を、できるだけ活かして眼圧を下げるという考え方です。
眼本来の「排水路」を活かす
眼の中では「房水」という水が作られ、主に線維柱帯 → Schlemm(シュレム)管 → 集合管を通って眼外へ流れます。
開放隅角緑内障では、この流出経路の抵抗が大きくなることが眼圧上昇の重要な原因になります。
SLTは線維柱帯にレーザーを照射して房水の流れを改善する治療、iStentは線維柱帯を小さなステントでバイパスしてSchlemm管へ房水を流す手術、Hydrusは線維柱帯をバイパスすると同時にSchlemm管内に留置され、より広い範囲の流出路を利用することを目的とした手術です。
方法は異なりますが、いずれも「本来の房水流出路を活かす」という点で共通しています。
軽症から中等症の緑内障では、こうした生理的な流出路をできるだけ利用する治療を大切にしたい。
これが当院の基本的な考え方です。
「目薬を頑張る」以外の方法――SLT
この考え方を大きく後押ししたのが、英国で行われたLiGHT trialです。
新しく診断された開放隅角緑内障・高眼圧症の患者さんを、最初にSLTを行う群と、最初に点眼薬を使用する群に分けて比較しました。
3年後、SLTから治療を始めた患者さんの74.2%が点眼薬なしで眼圧をコントロールできていました。
健康関連QOLは点眼群と同程度で、SLT群では手術を必要とする割合も少なく、費用対効果にも優れていました。
さらに6年間追跡すると、SLTから開始した群では、点眼から開始した群より緑内障の進行や、その後に切開手術を必要とする割合が少ないという結果になりました。
つまりSLTは、単なる「目薬を減らせる便利なレーザー」ではなく、緑内障治療そのものを最初からSLTで始めるという選択肢になってきています。
さらに2026年に発表されたLiGHT trialの視野解析では、視野障害の進行速度を表すMD(Mean Deviation)の年間変化が、点眼開始群 −0.37 dB/年、SLT開始群 −0.26 dB/年で、SLTから始めた群の方が平均的に進行が遅く、特に軽症の開放隅角緑内障で差が認められました。
追跡中の平均眼圧は両群で大きく違っていたわけではありません。
なぜSLT-firstの方が視野を守れたのかは完全には分かっていませんが、より安定した眼圧管理、早期の目標眼圧到達、点眼アドヒアランスに左右されにくいことなどが関係している可能性があります。
「軽症だから、とりあえず目薬一本で様子を見る」だけが唯一の選択肢ではなくなってきている、ということです。
でも、それは英国人のデータでは?
日本の緑内障には大きな特徴があります。多治見スタディなどで、日本では眼圧がいわゆる正常範囲にある正常眼圧緑内障(NTG)が非常に多いことが知られています。
眼圧が20数mmHgある眼なら「SLTで眼圧が下がる」という話は理解しやすいでしょう。
しかし日本の実臨床では、治療前から15〜17mmHg程度という緑内障患者さんも珍しくありません。
では、そのような低い眼圧からでもSLTには意味があるのでしょうか。
ここには日本人のデータがあります。
2013年、新田耕治先生らは日本人の正常眼圧緑内障にSLTを初回治療として行った成績を報告しました。
治療前眼圧は平均15.8mmHgでしたが、1年後には13.2mmHg(15.8%低下)、3年後にも13.5mmHg(12.7%低下)と、正常眼圧緑内障でも眼圧下降効果が維持されました。
その後、日本人NTGのデータはさらに増えています。
2024年、新田先生らは日本人NTG 99眼を対象とした多施設研究を発表しました。
SLTを治療の最初に行ったfirst-line群74眼では、12か月後に16.3 → 13.4mmHg、17.1%低下。すでに点眼治療を行っていたsecond-line群25眼では、15.4 → 13.2mmHg、12.7%低下でした。
房水流出圧の改善率を用いた成功基準では、1年成功率はfirst-line 89.2%、second-line 68.0%でした。
これはランダム化比較試験ではないため「SLTは早ければ早いほど必ず良い」と断定することはできませんが、少なくとも正常眼圧緑内障の多い日本人でも、SLTを治療早期から使用することは十分に合理的と考える根拠になります。
さらに2025年には、FSS Studyとして日本国内26施設・230眼の正常眼圧緑内障を2年間追跡した結果が報告されました。
first-line SLTでは16.7 → 13.7mmHg、16.8%低下、second-line SLTでは15.9 → 13.2mmHg、14.4%低下と、2年後も眼圧下降効果が維持されました。
房水流出圧改善率20%以上を成功とした場合、2年間の成功率は73.7%でした。
一方で、治療前眼圧が低いほどSLTによる下降幅も小さくなります。
正常眼圧緑内障だからSLTが効かないわけではありませんが、20mmHg台の眼と同じだけ下がるわけでもありません。
患者さんごとに「どこまで下げる必要があるのか」を考えて治療を選ぶ必要があります。
なぜ当院ではSLTを積極的に行っているのか
当院ではこれまでSLTを600件以上行ってきました。
理由は「レーザー治療が好きだから」ではありません。
点眼薬には、患者さん自身が毎日治療を実行し続けなければ効果が得られないという特徴があります。
CIGTSの薬物治療群を最長10年間追跡した研究では、点眼を忘れる頻度が高い患者ほど、視野障害の進行が大きいことが示されています。
つまり、処方したことと、治療できていることは同じではありません。
仕事が忙しい、旅行が多い、複数の薬を管理するのが難しい、手が動かしにくい、症状がないので忘れてしまう。
さまざまな事情があります。それを単純に「患者さんがもっと頑張ればいい」という問題にはしたくありません。
「幸福度が高い」とまでは言えない。でも、治療負担は減らしたい
ここは慎重に考える必要があります。SLTをすれば患者さんの幸福度やQOLが必ず高くなる、と証明されているわけではありません。
LiGHT trialでも、一般的な健康関連QOLはSLT-firstと点眼-firstで同程度でした。
ですから、「SLTをすれば幸せになる」とは言えません。
それでも私は、同じように視野を守れるのであれば、そのために患者さんが毎日払う労力は少ない方がよいと考えています。
毎日の点眼、薬の本数、副作用、通院、「今日目薬をさしたかな」という小さな心配。
緑内障が何十年も続く病気だからこそ、治療負担そのものも治療設計の一部だと思います。
白内障手術の機会にMIGSを考える
もう一つ重要なのがMIGS(低侵襲緑内障手術)です。
従来の線維柱帯切除術などと比較して侵襲を抑えながら、眼圧下降や点眼数の削減を目指す手術群です。
当院ではこれまでiStentを100例以上行ってきました。
iStentは非常に小さなステントを線維柱帯からSchlemm管へ留置し、房水の流出を助けます。
今後はもう一つの選択肢としてHydrus Microstentを導入します。
HydrusもSchlemm管を利用しますが、iStentとは構造が異なります。
線維柱帯をバイパスするだけでなく、Schlemm管内のより広い範囲を支えることで、複数の集合管へのアクセスを狙った設計です。
Hydrusの長期成績
代表的な研究がHORIZON trialです。
軽症から中等症の原発開放隅角緑内障で白内障手術を行う患者さんを、白内障手術+Hydrus群と白内障手術単独群に分けて比較しました。
5年後に点眼薬を使用していなかった割合は、Hydrus併用66%、白内障手術のみ46%でした。また、その後に切開を伴う緑内障手術が必要となった累積リスクもHydrus併用群で低くなっていました。
白内障手術という機会を利用して、将来の点眼負担や、より大きな緑内障手術の必要性を減らせる可能性がある。 そこにMIGSの大きな価値があります。
HydrusはiStentより「次世代で強い」のか?
Hydrusを導入するにあたり、私自身も興味を持っている点です。
構造だけを見ると、Schlemm管のより広い範囲を利用するHydrusの方が強力なのではないか、という発想は自然です。
実際、Hydrusと初期型iStentを2個用いる治療を直接比較したCOMPARE trialでは、12か月後の無点眼率や点眼薬削減についてHydrusが良好な結果を示しました。
しかし、その後iStentも進化しています。
現在のiStent injectをHydrusと比較した48か月の実臨床データでは、手術成功率、眼圧下降、点眼薬減少に明確な差は認められませんでした。
さらに2026年には、Hydrus+白内障手術と3個のiStent inject W+白内障手術を3年間比較した研究も発表されました。
3年後の眼圧はHydrus群で15.1 → 12.5mmHg、iStent群で15.2 → 13.2mmHgと両群とも低下しましたが、群間に有意差はなく、点眼薬数の減少にも明確な差はありませんでした。
したがって現時点では、「HydrusはiStentより新しく、上位の治療である」と単純に言うことはできません。
むしろ、異なる構造と特徴を持った二つの選択肢と考えるのが適切でしょう。
当院がHydrusを導入する理由も、iStentをやめるためではありません。
患者さんごとに選べる治療の幅を広げるためです。
軽いうちから治療する。でも、治療を重くしすぎない
緑内障では、一度失われた視野を現在の医療で元に戻すことは困難です。
だからこそ、視野が大きく失われる前に進行を抑えることが重要です。
一方で、軽症の患者さんに必要以上に侵襲の大きな手術を行う必要もありません。
そこで当院では、軽症から中等症の緑内障について、点眼薬だけでなく、SLT、iStent、Hydrusなどを組み合わせながら、できるだけ眼本来の房水流出路を活かして眼圧を管理することを重視しています。
もちろん、これらですべての緑内障を治療できるわけではありません。
進行した緑内障や非常に低い目標眼圧が必要な場合には、より強力な点眼治療や線維柱帯切除術など、別の治療が必要になります。
緑内障治療に「全員にこれが一番」という方法はありません。
目標は「手術を増やすこと」ではありません
当院ではこれまで、SLT 600件以上、iStent 100例以上の治療を行ってきました。これからHydrusも加わります。
しかし、私たちが目指しているのは、たくさん手術をすることではありません。
将来、大きな治療を必要としないように、早い段階から適切な治療を選ぶこと。
眼圧という数字だけでなく、将来の視野を考える。点眼本数だけでなく、治療を続ける負担も考える。そして可能なら、患者さんの「頑張り」に依存しすぎない治療を選ぶ。
緑内障は長く付き合う病気です。だからこそ、
「よく効く治療」と同じくらい、
「頑張りすぎなくてよい治療」も大切にしたい。
それが、現在のいわみ眼科の緑内障治療に対する考え方です。
主な参考文献
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- Nitta K, et al. Efficacy and safety of first-line or second-line selective laser trabeculoplasty for normal-tension glaucoma: a multicentre cohort study. BMJ Open Ophthalmology. 2024.
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